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「木登りしたことある?」

この問いかけで思い出すのは

小学生のとき、校庭の木に登って

先生に怒られたこと。

 

 

 

 

以前どこかに書いたと思うけど

木に登ってすごく嬉しくて楽しくて

満足していたわたしに

先生(男性)は

「女の子のくせに木に登るなんて。

 すぐに降りていらっしゃい」

と声を掛けた。

 

(木登りの画像探したら、女の子が登ってるものは

見つけられなかったグラサン

 

 

この「女の子のくせに」

カチンと来たのよねsss

 

 

ただ「危ないから降りてらっしゃい」

だったら、

特に抵抗することもなく

降りたと思うんだけど、

「女の子のくせに」がついたものだから、

 

「じゃあ、男の子だったらいいんですか。

 それ、男女差別だと思います不満ことば:ぶー

 

って言い返したの。

 

 

その時の先生の顔。

やられたみたいな不思議な表情だった。

 

 

 

さて、小学生のわたしが

「男女差別」になぜ敏感だったのか。

 

 

それは家で母がその言葉を

しょっちゅう使ってたからに他ならない。

 

父の不用意な言葉、

TVの中での出来事

に対して

母は

「男女差別鉄拳制裁

と叫んでた。

 

 

母は昭和ヒトケタ生まれで

大学を出て

就職もしてた。

この時代ではまだ珍しい方かな。

だけど結局お見合いをして

父と結婚することになり、

寿退社した。

 

 

 

そしてちょうど私が生まれた頃から

ウーマンリブ(Women’s Liberation)

盛んになったわけで。

あの頃は男と同じように女もできるんだ

ということを主張して闘って権利を勝ち取ってた

 

 

 

母をそれを見て、

たら・ればを思ったのかもしれないね。

もう少し遅く生まれていたら

父と結婚していなければ

それ以前に男に生まれていたら

もっと別の人生があったかもしれない

って。

 

女だからと

やりたいけど諦めたことが

グッと飲み込んで我慢したことが

いっぱいあったんだろうね。

 

それをどう爆発させればいいかも分からず、

身近な男性である父や

いろんな情報を与えてくれるTVに向かって

「男女差別!!

って叫んで発散してたのかなぁ。

 

 

そして、母のその無念を

娘であるわたしと妹が

しっかり受け継いだ驚く

 

 

わたしたち、

かなりしっかりそれを受け取った滝汗

 

「男女差別!!」と小学生ながら

男性教師に向かって叫び、

男に負けないよう競い

自分で稼がなければ

ってなった気がする。

 

役者になれなくて

全うな(!?)仕事を探すことにした頃、

就職を世話してくれる人に

「わたし、本当は働くのは向いてないんですけど、

自分の食い扶持は自分で稼がなくちゃならない

じゃないですか。

だから、とにかく仕事に就かないといけないんです」

って言ったのを覚えてる。

 

 

ふふふ。

頑張ったよね。

 

 

わたしたち、もうこの仕組みに氣づいたから

この哀しみや無念から抜けよう。

 

 

 

母の母のそのまた母からずっと続いていた

「女だからできない」はもうおしまい。

 

 

これからは「女だからできること」をやろう。

 

 

 

 

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